2010年3月19日金曜日

「教育再生」-3. オーストラリアの教育事情

 オーストラリアの教育制度を述べる。面積で日本の二十二倍、人口はたったの二千二百万人余り、まさに過疎大陸である。各州によって制度が多少異なるので、シドニーがある人口四百三十万人、面積で四倍のニュー・サウス・ウェールズ州を例にとる。

 学制は、小学校(6-7年間,幼稚園にあたるプレ・スクールを含む)、中高学校、ハイスクール(4-6年間)、大学(3年以上)と専門学校(TAFE,州立技術補習専門学校、夜間部もある)で成り、小-1から高-3までの学年を「通し」で呼ぶ。すなわち小-1 Year-1(Y-1),-1Year-7(Y-7)で、高-3 Year-12(Y-12)である。義務教育期間は、小学校一年生から10年間(Y-10)ないし、落第があるので年令16才までで打ち切り。組織は、高校までは州立(70%)と私立(30%)が並列し、大学は宗教系特殊校,1校を除いてすべて州立のみである。州立のハイスクールには「Selective School(選良学校)があり、州内を15学区にわけて41(5千人分)があり、毎年約15,000人の優秀な生徒たちがこの難関に挑戦している。もちろん学費は無料である。学費は、州立はY-12まで無料、私立は宗教系の経営で、それぞれの学費をとっているがカソリック系は安く、プロテスタント系は高い。約20年前に息子と娘が通った英国教会系の名門私立ハイスクールは、Year-12 時の年間学費が約$9,000.だったが 現在は$24,000.とのこと。優秀な生徒には教科ごとに奨学金を支給しているが、オーストラリアの40代サラリーマンの年間平均所得が税込みで$40,000.余りであるから決して安くは無い。しかし、名門私立校は、どこも満席である。学力のみならず情操教育面で州立をはるかに凌駕しているからで、それだけの学費を払う価値があるからであろう。

 教育方式の特色は、一般教育の早い時期から職業訓練を織り込んだ学科が選択できることである。生徒たちはY-4ころから自分の将来を決める傾向があり、進学意図の生徒とは精神的にも異なった心理状態で授業を受け、ハイスクールに進学するとこの傾向がはっきりと分かれる。大学以上に進学を意図する生徒たちは、Y-11Y-12で一般必須科目以外に、大学の各学部が要求する選択科目を専修する。大学独自の入試は無く、州内一律のHSC (High school Certificate)という一斉試験を受けて、その成績により希望する大学の入学が決まる。TAFEは、一旦就職した社会人が自分の仕事に必要な専門技術を習得するために設けられているもので、各種技術、コンピューター、経営学、法律関連等、多岐にわたり、教科ごとの履修が可能である。年令に関係なく低額の学費で専門技術を学べる制度で、昼間部と夜間部があり修了者には「ディプロマ」が与えられる。

 小筆も41才の時、貿易関連の勉強のために、NSW大学内に設けられたディプロマ・コースに二年間通った。週三日、18:00-21:00で仕事を終えた後からの三時間の授業と論文形式のテストは特に大変であった。開講当初70 人いた生徒が卒業時には27人に減り、英語圏以外の生徒は小筆一人だけ、お陰で卒業式では連邦政府総督から手渡しでディプロマを頂戴して貴重な人生経験をした。これも学生時代に経済的な理由で叶わなかった海外留学の夢を実現したかったからでもあった。

 息子が通学したのは[Trinity Grammar School]のハイスクール部で、シドニー郊外にある120年余りの歴史をもつ英国教会系の男子校、Y-1からY-12まであり生徒数は約千九百人。遠隔地と海外からの生徒たちのために「寄宿制度」も備えている。

 入学試験は、Y-5 の時、国語(英語)と算数の試験があり、Y-6時に将来希望する進学方向により、文系理系の選択科目の試験と家族を含めた面接、家族の通う教会の牧師からの内申書が求められた。

学校は、キリスト教の教理に基づいて、将来のオーストラリア社会を指導できる「紳士育成」を目標に教育を施している。校内には教会堂があり週一時間の宗教学習は必須科目である。入学時、ロドニー・ウエスト校長の訓話は、「諸君は本校において、キリスト教徒として学識を磨き、立派なオーストラリア人として国家に尽くすために修学するのである。社会においては公徳心を以って一般人の指導者にならなければならない・・・」と確固たる修学目標とエリートたるべき精神を述べ、厳しい校則と礼譲が教え込まれることを覚悟させた。まず生徒たちの「オージー・イングリッシュ」を英国貴族が使う「クィーンズ・イングリッシュ」へ矯正すること「上品でウイットに富んだ会話術」の修得から始まった。生徒たちは、男性教師には[Sir・・・」、女性教師には[Mam,・・]の敬称を付け、必ず姿勢を正して受け答えをすることを躾けられ、国歌斉唱と国旗掲揚時には、全員起立して「気を付け」の姿勢をとることが義務づけられている。 学校を訪問すると、必ず誰か生徒が飛んできて、案内を申し出るのが常であった。

学内には、Y-7生から Y-12生までを縦割りにした[House]と名づけた生徒組織があり、各学年約20人、計120人前後で構成されていて、上級生が下級生の躾から校内生活順化や校則指導等に当たり、スポーツ競技のみならず学識競技等も、このハウス対抗で行われていて、「同窓生意識」強化の役割を果たしていた。

一般教科の他に、選択科目には「軍事教練」があり、もちろん実弾射撃や砲撃訓練、夜間演習などもあり、在校中に所定の訓練を終えた生徒は、オーストラリア陸軍「予備伍長」の階級が与えられている。

卒業生は全員、国内か外国の大学に進学し、息子のようにNSW大学を卒業した後、働きながら他の大学で学士、修士、MBA等を取った後、米国の銀行から奨学金を貰ってハーバード大学で国際金融を学び、38才になった現在、英国教会の「牧師」をしながら、ボストンの神学校の博士課程を通信教育で受講している者もいる。

ウエスト校長は、毎朝正門脇に立ち、登校してくる生徒たちに必ずファースト・ネームで呼びかけ、一言二こと本人や家族の近況を尋ねるのが日課であった。九百人近い全生徒の名前と家族構成をすべて記憶しておられ、優しく言葉を掛ける校長に「真の教育者」の姿をみて「良い学校に進学させた・・・」と感激したものであった。この校長は、在校生のみならず卒業生からも神のように慕われていて、隠退された今でも各年度の卒業生たちが、五年に一度開く同窓会には、必ずウエスト校長の臨席を仰ぎ、近況報告をするのが慣わしで、海外居住の同窓生たちもほとんどが参加しているそうである。

 現在は「複合移民国家」なったオーストラリアの教育制度は、基本的にはイギリスの制度をベースに組み立てられていて、上流社会層と庶民階層の子弟が自然に「落ち着く所に落ち着く」ように仕組まれているように思える。家庭環境と親からの遺伝子は当然彼らの子供たちに引き継がれているので、無理に高等教育を施しても吸収しきれない子弟が当然出てくるものである。学歴が低くても、社会に出たあとどんどん能力を伸ばす子弟もいれば、自分の分野で頑張る者も沢山いる。能力のある子弟には、社会が奨学金を出して彼らの持つ潜在力を伸ばしてやり、将来その成果を社会全体が享受する、という考え方には意味があると思える。

小筆の子供たち二人の学費負担はハイスクール卒業までで、後はすべて自分たちで奨学金を貰って高等教育を受けている。息子は六種類の学位を持ち、娘はロンドン大学の大学院の修士号を含めて三つの学位を持っている。彼らの州立小学校時代の友人の多くは義務教育を終えたあと社会に出ているが、彼らの殆どが、いわゆる「庶民階層」として幸せな生活を送っている。

現代日本の学校制度の欠陥は、誰もが一律に高等教育を受けるのが当然である、としていることにある。学校の勉強だけでは希望校に進学出来ないので、幼年時から「塾通い」をして「丸バツ式解答」の記入方法を補習して当然だと思っている。それだけの努力をしても日本児童の学力は世界のトップにランクされていない。教育行政に何か欠陥があることは間違いない。その上問題なのは、学校の教師がこの現状を当然として受け止めているらしい事である。彼らは一体、日々の授業で何を教えているのか、プロの教師として「自分の教え子の塾通い」を恥ずかしいと思わないのか、不思議な現象である。      

オーストラリアにも「塾」はある。しかし、ほとんどの塾が国語である英語での「論文」の要点のとらえ方と書き方を教えている。HSCの試験が大部分「小論文」での解答方式を採用しているからである。

このブログは、小筆の日本出張のため四月はお休み。何かあれば日本の携帯電話、

090-3008-7549. に連絡されたし。 豪洲太朗

1 件のコメント:

  1. 先日八丁堀にてお邪魔したkozukaでございます。

    貴重なお話有難うございました。
    早速本ブログ拝読させて頂きました。
    海外に疎い私には、何度読み返しても衝撃的なカルチャーショックを受けます。子を持つ親として日本の教育事情を海外と比べたことがございませんでしたが、まさしく政治と文化の違いということでしょうか。

    同席させて頂いた時のお話も興味をかき立てられることばかりで本当に有難うございました。

    また、いつかお会い出来ることを希望して、取り急ぎお礼を述べさせて頂きます。

    気候の変り目です。おからだには十分ご自愛下さい。

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